分析の前提
本記事のデータは、電力需給調整力取引所(EPRX)が公開する取引実績に基づく。主軸に置くのは、前日取引化・上限価格引下げ(2026年3月14日実需給分〜)を経て初めて揃った完全四半期=2026年4〜6月(速報値)である。制度移行の前後で市場構造が不連続に変化しているため、旧制度下の2025年度(2025年4月〜2026年3月)は対比としてのみ併記し、両者を平均しない。不足率は「(募集量 − 落札量)÷ 募集量 × 100」で算出した。不足率が高いほど、その商品・エリアにおいて調整力の供給が足りていないことを意味する。
需給調整市場には7つの商品がある。一次調整力(オンライン)、一次調整力(オフライン)、二次調整力①、二次調整力②、三次調整力①、三次調整力②、そして複合商品である。このうち蓄電池が主に参入しているのは一次(オンライン+オフライン)と複合の3商品で、本記事ではこれらを中心に分析する。
なお、需給調整市場では広域融通(エリアをまたいだ調整力の調達)が行われるため、「電源属地別」と「TSO別」で数値が異なる。本記事ではTSO別(各エリアの送配電事業者が実際に調達した量)のデータを使用している。
https://www.eprx.or.jp/information/results.php
一次調整力(オンライン)— エリア別不足率(2026年4〜6月)
一次調整力のオンライン商品は、複合商品と並び蓄電池の取引量が最も大きい市場の一つである。新制度下(2026年4〜6月)の全国不足率(加重平均)は28.3%で、旧制度2025年度の59.2%からほぼ半減した。エリアによる差は依然として大きい。
(緑色=充足分。灰色=不足分。右端の数値は平均落札単価(落札のあったブロックの単純平均)。単位: 円/ΔkW・30分)
制度移行後も、東北(不足60.9%)と東京(不足46.2%)は不足率が高く、蓄電池の約定余地が大きい。一方、中国(不足3.7%)・九州(不足4.9%)はほぼ充足し、四国・北海道は供給過剰である。旧制度で7割超だった東京・中部・東北も、新制度では中部が19.3%まで低下するなど、エリア間の順位も入れ替わった。
一次調整力(オフライン)— 蓄電池が98.9%を独占する市場
一次調整力には、オンラインのほかに「オフライン」商品がある。オンラインとオフラインの区分は、事業者が自由に選べるものではない。EPRX取引規程により、一次オフラインに参入できる蓄電池は設備容量1MW以上10MW未満(電圧階級が特別高圧または高圧)か、1MW未満の蓄電池をアグリゲートする場合に限定されている。つまり、10MW以上の蓄電池は一次オフラインに参入できず、一次調整力への参加にはオンライン接続が必須となる。
このオフライン市場では、実態として蓄電池が落札量の98.9%を占めており(残りはVPP)、火力発電・水力発電の参入はゼロである。
蓄電池の落札シェア: 98.9% — 蓄電池とVPP(1.1%)だけで構成される市場
平均落札単価: 約12円/ΔkW・30分(上限15円に接近) — オンライン(約5円)の2倍超
新制度でオフラインの不足率も低下したが、東京(不足29.3%)を除けば依然として6〜9割台で、5商品の中で最も深刻な不足が続く。四国(95.2%)・中国(86.2%)・北陸(84.1%)では募集量の大半が未充足のままである。東京が最も充足しているのは、同エリアに蓄電池が最も多く参入しているためである。
単価が約12円とオンラインの2倍超でありながら、なぜ不足が続くのか。理由は、10MW以上の蓄電池は制度上オフラインに参入できず、オフラインに入れるのは10MW未満の小型蓄電池に限られるためである。そのような小型蓄電池がまだ市場に十分存在しないことが、67.9%という不足率の主因となっている。
一方、オンラインにはオフラインにない利点もある。TSO通信回線を持つ蓄電池は、一次オンラインだけでなく複合商品・二次①など複数の商品に入札でき、時間帯や市場環境に応じた収益スタッキングが可能になる。オフラインの高単価は魅力的だが、入札先が一次オフラインの1商品に限定される点はトレードオフとなる。
月別の推移を見ると、旧制度下では緩やかな低下にとどまっていた不足率が、前日取引化(2026年3月14日実需給分〜)を境に急低下している。2026年2月の91.7%が、制度移行直後(3月14〜31日)に79.6%、6月には64.7%まで下がった。
落札単価は東北・中部・北陸など多くのエリアで新制度の上限価格15.00円に接近しており、オンライン(約5円)の2倍超である。蓄電池事業者にとって、一次オフラインは最も単価が高く、かつ約定確度が最も高い商品といえる。
二次調整力① — エリアによって供給過剰と不足が混在
二次調整力①は、2024年4月以降ΔkW(容量)の調達自体は広域市場マッチングで行われているが、実運用(LFC制御)はエリア内で完結する。調整力の実効的な供給がエリア内の電源構成に依存するため、エリア間の格差が一次以上に大きくなっている。
関西(不足86.8%)・東北(不足53.0%)・北陸(不足50.2%)が大幅な不足状態にある一方、北海道・中部・中国・九州は供給過剰である。中部は落札量が募集量を大きく上回る強い供給過剰となっている。二次①は実運用(LFC制御)がエリア内で完結するため、関西・東北・北陸に蓄電池が参入した場合の約定確度は高い。
二次②・三次①・三次② — ほぼ充足済みの市場
残る3商品は、蓄電池にとって参入メリットが限定的である。二次②は全国で大幅な供給過剰(全国 -72.3%)、三次①も全国では供給過剰(-4.6%)に転じ、旧制度で不足していた東京も供給過剰となった。三次②のみ全国7.4%とわずかに不足するが、参入余地は小さい。
商品×エリアのクロス集計 — 不足率ヒートマップ
主要5商品について、新制度下(2026年4〜6月)の不足率をエリア別にまとめた。赤が濃いほど不足率が高い(=蓄電池の約定確度が高い)。
| 一次 オフライン | 一次 オンライン | 二次① | 三次① | 複合 | |
|---|---|---|---|---|---|
| 東京 | 29.3% | 46.2% | 25.9% | 過剰 | 0.7% |
| 中部 | 64.0% | 19.3% | 過剰 | 過剰 | 過剰 |
| 東北 | 82.3% | 60.9% | 53.0% | 過剰 | 17.7% |
| 九州 | 65.6% | 4.9% | 過剰 | 過剰 | 過剰 |
| 関西 | 76.4% | 25.8% | 86.8% | 25.6% | 21.5% |
| 北陸 | 84.1% | 34.7% | 50.2% | 18.5% | 23.7% |
| 中国 | 86.2% | 3.7% | 過剰 | 6.0% | 17.6% |
| 四国 | 95.2% | 過剰 | 10.0% | 過剰 | 1.6% |
| 北海道 | 83.2% | 過剰 | 過剰 | 12.5% | 12.0% |
制度移行後も一次オフラインは大半のエリアで6〜9割台の不足が残り、ヒートマップ上でも最も赤が濃い列となっている。オンラインでは北海道・四国が供給過剰だが、オフラインでは北海道も83.2%、四国も95.2%の不足であり、オフラインに関しては蓄電池の参入余地がエリアを選ばない構図は変わっていない。
蓄電池の参入状況 — 一次だけでなく複合にも分散
電源種別別の落札データ(2026年4〜6月速報値)を見ると、蓄電池の落札量は一次調整力(オンライン)と複合商品にほぼ等量が配分されている。
蓄電池の落札量ベースの配分を見ると、複合(36.0%)と一次オンライン(35.5%)がほぼ同量でトップ、一次オフライン(21.0%)が3番目に続く。二次①以下は合計7.6%にとどまる。一次オフラインの単価はオンラインの2倍超と高いが、オフラインに参入できるのは1MW以上10MW未満の小型蓄電池に限られ、現在稼働している蓄電池の大半は10MW以上の大型案件で、制度上オンラインに限定される。この配分比率は蓄電池事業者の「選好」ではなく、設備容量に基づく制度的な振り分けを反映している。
一次オンラインにおける蓄電池のシェアは24.5%だが、一次オフラインでは98.9%に達する。月別の推移を見ると、蓄電池の一次オンラインにおけるシェアは2025年秋の14.3%から拡大し、前日取引化(2026年3月13日約定・3月14日実需給分〜)後も20〜28%の水準を維持している。
注目すべきは、蓄電池のシェアが2〜3割に達し、不足率が大きく低下した後もなお、一次オンラインの不足率は28.3%、オフラインは67.9%という水準にあることである。参入余地は縮小しつつあるが、特にオフラインでは依然として大きい。
広域融通(連系線)の利用状況
需給調整市場では連系線(エリア間の送電線)を通じた広域融通が行われる。以下は旧制度(週間取引)における連系線確保量の利用率(2025年度・確保量÷上限値)で、新制度では調達枠組みが前日取引に移行したため、ここでは地域間フローの傾向を示す参考値として掲載する。
北海道→東北(逆方向47.2%)と中国→九州(順方向23.3%)の利用率が高い。これは北海道の揚水余剰が東北に、九州の調整力が中国に流れていることを示す。東北→東京の順方向(20.8%)は、東北の余剰調整力が東京の不足を一部補填している実態を反映している。
蓄電池の立地選定にあたっては、この広域融通の流れも考慮に入れる必要がある。調整力が流入するエリア(東京など)よりも、流出元で供給を増やすほうが、連系線の制約に左右されにくい場合がある。
ある1日のスナップショット — 2026年4月1日(48コマ)
年間平均だけでは、日々の市場がどのような状態にあるかが見えにくい。ここでは2026年4月1日(水曜日、2026年度初日)について、30分コマ単位でエリア別の募集量と落札量を可視化する。
グラフ上でマウスを動かす(またはタップする)と、各コマの詳細データが表示される。緑色のバーが落札量(充足分)、灰色が不足分を示す。供給過剰のコマは青色で超過分を表示する。タブで商品を切り替えると、各エリアの不足状況がどう変わるか比較できる。
一次オフラインに切り替えると、四国は48コマすべてで落札量ゼロ(不足率100%)である。四国エリアでは2025年8月に初の系統用蓄電池(12MW)が稼働したが、一次調整力への応札は確認されていない。一方、東京でも不足率は33.2%で一次オンライン(36.3%)に近い水準まで改善しているが、それでもなお3割以上が未充足である。
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季節別スナップショット — 夏のピーク日と冬のピーク日
4月1日のスナップショットだけでは、季節による変動が見えない。ここでは2025年度中で不足率が特に高かった夏と冬の各1日について、商品別・エリア別の募集量と落札量を比較する。
なお、この期間は旧制度(週間ブロック入札)であり、1日あたりのコマ数は春のスナップショット(48コマ)とは異なる。ここではコマ別ではなく、1日の合計値でエリア間の違いを見る。
一次調整力(オンライン)は夏(全国62.8%)のほうが冬(47.0%)より不足が深刻である。東京エリアは夏に96.6%、冬でも75.7%と、年間を通じて慢性的に不足している。中部も夏96.7%と東京並みの水準になる。
二次調整力①は夏に東京97.7%と募集量のほぼ全量が不足する一方、冬は全国で供給過剰(-10.8%)に転じる。三次①は夏でも全国17.8%と不足は限定的で、冬は完全な供給過剰(-26.7%)である。
この季節変動のパターンは、蓄電池事業者の運用戦略に直結する。一次・二次①を主力とする場合は夏場が最大の収益機会であり、三次①に依存する場合は春以外の約定確度が大きく低下する。
容量市場のエリア別約定単価
需給調整市場に加えて、蓄電池の収益を構成するもう1つの柱が容量市場である。2024年度実施メインオークション(2024年10月実施、2028年度実需給分)のエリア別約定単価を示す。
| エリア | 約定単価(円/kW) | 上限価格比 |
|---|---|---|
| 北海道・東北・東京 | 14,812円/kW | 上限価格で約定 |
| 九州 | 13,177円/kW | 上限の89% |
| 中部 | 10,280円/kW | 上限の69% |
| 北陸・関西・中国・四国 | 8,785円/kW | 上限の59% |
北海道・東北・東京が上限価格の14,812円/kWで約定しており、最低エリア(北陸・関西・中国・四国の8,785円/kW)との差は約7割に達する。同じ蓄電池を設置しても、容量市場からの年間収入がエリアによって大きく異なることを意味する。
https://www.occto.or.jp/market-board/market/oshirase/2024/20250129_youryouyakujokekka_kouhyou.html
3市場の組み合わせで見るエリア特性
蓄電池の事業性は、需給調整市場・JEPX・容量市場の3市場の組み合わせ(スタッキング)で決まる。3市場の観点でエリア特性をまとめた。一次調整力はオンライン+オフラインの合算不足率を記載している。
| エリア | 需給調整市場 (一次 合算不足率) | 容量市場 (約定単価) | JEPX (価格特性) |
|---|---|---|---|
| 東北 | 65.9%(最大) | 14,812円(最高) | 再エネ余剰・昼間低価格 |
| 北陸 | 49.4% | 8,785円 | 小規模市場・水力豊富 |
| 東京 | 43.9% | 14,812円(最高) | 需要大・安定スプレッド |
| 関西 | 40.8% | 8,785円 | 需要大・比較的安定 |
| 中部 | 40.1% | 10,280円 | 産業需要大 |
| 中国 | 32.1% | 8,785円 | 中規模市場 |
| 九州 | 21.4% | 13,177円 | 太陽光余剰・ダックカーブ顕著 |
| 四国 | 11.6% | 8,785円 | 小規模市場 |
| 北海道 | 供給過剰 | 14,812円(最高) | 風力増加・冬季需要高 |
一次調整力をオンライン+オフラインの合算で見ると、新制度下では東北(65.9%)が最大の不足率となり、北陸(49.4%)・東京(43.9%)が続く。旧制度2025年度では中部・東京が9割前後で並んでいたが、制度移行で全エリアの不足率が低下し、地域差の順位も変わった。容量市場の単価(FY2028約定)と合わせて総合的に評価すると、需給調整・容量の両面で有利なのは東北・東京である。
データの留意点
② 不足率は「蓄電池だけの指標」ではない:不足率が高いエリアに蓄電池が大量に参入すれば、不足率は低下し、約定価格も下がる。実際、新制度移行後は一次オンラインの全国不足率が59.2%→28.3%、オフラインが96.6%→67.9%へと低下しており、現在の不足率が将来も続く保証はない。
③ 広域融通の影響:TSO別の落札量にはエリアをまたいだ広域融通分が含まれる。電源属地別で見ると不足率の分布が異なる場合がある。
④ 日ごとのばらつき:スナップショットで示したように、同一エリアでも日によって不足率は大きく変動する。年間平均と特定日のデータを直接比較する際は注意が必要である。
⑤ オンラインとオフラインの区別:一次調整力にはオンライン・オフラインの2商品がある。オフラインに参入できる蓄電池は設備容量10MW未満(電圧階級が特別高圧または高圧)に限定されており、10MW以上の蓄電池は一次調整力への参加にはオンライン接続が必須となる(EPRX取引規程)。両者は価格水準・蓄電池シェアが大きく異なるため、事業計画ではこの区別を正しく反映する必要がある。