需給調整市場は「電力の保険」を取引する市場
電力系統は、需要と供給を常に一致させなければ周波数が乱れ、最悪の場合は大規模停電に至る。需給調整市場は、この「ズレ」を埋める調整力を取引する市場である。
買い手は一般送配電事業者(東北電力ネットワーク、東京電力パワーグリッド等)、売り手は発電事業者や蓄電池事業者。売り手は「指定された時間帯に、指定された出力で、いつでも動ける状態で待機する」ことに対して報酬を受け取る。
2024年4月に全商品の取引が開始された。需給調整市場には5つの商品がある。一次調整力、二次調整力①、二次調整力②、三次調整力①、三次調整力②である。商品間の違いは「どれだけ速く反応できるか」と「どれだけ長く持続するか」の2軸で決まる。さらに、一次〜三次①の4商品を束ねた「複合商品」という入札方式があり、1つの入札で複数の商品に同時にエントリーできる。一次調整力にはオンライン(専用線接続)とオフライン(簡易指令システム)の2つの参加方式が存在する。
5商品の設計思想 — 速度と用途で分かれる
| 商品 | 応動時間 | 継続時間 | 対応する系統現象 | 蓄電池の適性 |
|---|---|---|---|---|
| 一次調整力 オンライン | 10秒以内 | 5分以上 | 瞬時の周波数変動 (GF: 自動応答) | ◎ 最も得意 |
| 一次調整力 オフライン | 10秒以内 (監視時30秒以内) | 5分以上 (監視時は設定なし) | 瞬時の周波数変動 (GF: 簡易指令) | ◎ |
| 二次調整力① | 5分以内 | 30分 | 短周期の需給変動 (LFC: 中央制御) | ◎ |
| 二次調整力② | 5分以内 | 30分 | 経済的な出力配分 (EDC: 高速応動型) | ○ |
| 三次調整力① | 15分以内 | 30分 | 経済的な出力配分 (EDC: 低速応動型) | ○ |
| 三次調整力② | 60分以内 | 30分 | 再エネ予測誤差への対応 (GC後の需給調整) | △ |
※ 継続時間は2026年度の現行仕様。制度創設時は二次①②が「30分以上」、三次①②が「3時間」だったが、前日取引化・30分コマ化に伴い全商品「30分」に統一された(三次②は2025年度から先行変更)。一次調整力のオフライン監視時の仕様は2025年度から適用。
GF・LFC・EDC・GCとは何か
表中の略語は、電力系統の周波数を維持するための制御機能と、市場の時間的区切りを示す用語である。蓄電池事業者が各商品の位置づけを理解するうえで押さえておく必要がある。
GF(Governor Free:ガバナフリー)は、発電機が周波数の変動を検知して自動的に出力を調整する機能である。人間の判断を介さず、機械が瞬時に反応する。電力系統の周波数は常に50Hz(東日本)または60Hz(西日本)に保たれるべきだが、需要と供給が一瞬でもずれると周波数が上下する。GFはこの「秒単位のズレ」を自動で吸収する最初の防波堤であり、一次調整力がこの機能に該当する。
LFC(Load Frequency Control:負荷周波数制御)は、中央給電指令所が周波数の偏差を監視し、発電機に出力の増減を指令する機能である。GFが吸収しきれない「数分単位の変動」に対応する。GFが自動的な個別対応だとすれば、LFCは司令塔が全体を見ながら調整する仕組みである。二次調整力①がこの機能に該当する。
EDC(Economic Dispatch Control:経済負荷配分制御)は、複数の発電機の出力配分を、コストが最も安くなるように最適化する機能である。GFやLFCが「周波数を守ること」を最優先にするのに対し、EDCは「安定供給を維持しつつ、なるべく安い電源から使う」という経済性も加味して出力を配分する。より長い時間軸(数十分〜数時間)での需給調整を担い、二次調整力②(高速応動型:EDC-H)と三次調整力①(低速応動型:EDC-L)の2つに分かれている。
GC(Gate Close:ゲートクローズ)は、電力取引における「締め切り時刻」を意味する。GF・LFC・EDCが発電制御の機能であるのに対し、GCは市場の時間的区切りであり、性質が異なる。実需給の1時間前に設定されており、この時刻以降は発電事業者・小売電気事業者による発電計画・需要計画の変更ができなくなる。GC後に残った「予測と実績のズレ」は、送配電事業者が調整力を使って埋める。三次調整力②は、このGC後に生じる再エネ発電量の予測誤差などに対応するための商品である。
蓄電池は物理的に「ミリ秒単位で出力を変えられる」ため、応動速度が速い一次(GF)・二次①(LFC)で圧倒的な優位性を持つ。火力発電やガスタービンでは10秒以内の応動は技術的に難しく、蓄電池にとって構造的な競争優位がある。
https://www.eprx.or.jp/outline/docs/kaisetsu.pdf
オンラインとオフライン — 接続方式で変わる参加条件
一次調整力には「オンライン」と「オフライン」の2つの参加方式がある。これは蓄電池の設備構成とコストに直結する重要な区分であり、市場実績においても大きな差が生じている。なお、二次調整力以降は全てオンライン接続が前提となる。
オンライン(専用線接続)
送配電事業者と専用通信回線で接続し、リアルタイムで指令を受けて応動する方式。周波数変動を検知して自動的に出力を調整する。専用線の敷設には数千万円単位のコストがかかるが、全時間帯・全コマでの入札が可能になる。
オフライン(簡易指令システム)
専用線は不要で、簡易指令システム経由で応動する方式。専用線のコストがかからない分、参入障壁が低い。ただし、蓄電池の場合、設備容量10MW以上(特別高圧接続)は一次調整力のオンライン接続が必須であり、オフラインで参入できるのは10MW未満の蓄電池に限られる(EPRX取引規程)。なお、発電機の場合は単機容量1MW未満がオフライン対象となり、蓄電池とは閾値が異なる。オフライン枠の調達上限は一次調整力の所要量の4%に設定されており、2026年度から募集量も引き下げられた(後述する1σ相当値への変更)。
一次オンラインの年間充足率は全国加重平均で40.8%。蓄電池のシェアは19.7%で、火力発電(72.2%)に次ぐ第2位。
一次オフラインの年間充足率はわずか3.4%。蓄電池が落札量の97.8%を独占し、火力・水力の参入はゼロ。落札単価は15〜19円/ΔkW・30分と、オンライン(3〜10円)の2〜3倍に達する。
蓄電池事業者にとってのポイント:
オンライン接続は専用線コストがかかるが、応札コマ数が多く収益機会が広がる。オフラインは初期投資を抑えて参入でき、単価も高いが、オフライン枠の縮小が進んでおり、中長期的にはオンライン接続が有利になる方向にある。エリア別の詳細データはCOLUMN 16を参照。
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/jisedai_kiban/system_review/pdf/110_04_00.pdf
複合商品 — 一次〜三次①を束ねる入札方式
2024年4月から、一次・二次①②・三次①は「週間商品」として一括で取引されていた(2026年3月13日以降は前日取引に移行)。複合商品は、この4商品を束ねた入札方式(複合約定ロジック)であり、独立した商品区分ではない。
複合商品への応札は、1つの入札で複数の調整力商品に同時にエントリーできる仕組みである。例えば、蓄電池が複合商品に応札すると、一次から三次①までのいずれかに約定する可能性がある。約定は「安い順」に積み上げられ、最も高速な商品(一次)から順に充足されていく。
一方、三次調整力②は「前日商品」として独立した市場で取引される。複合商品の対象には含まれない。
一次オンライン: 充足率 40.8%(大幅な供給不足が継続)
一次オフライン: 充足率 3.4%(ほぼ全量が未充足)
二次調整力①: 充足率 77.7%(東京・東北で不足)
二次調整力②: 充足率 220%(大幅な供給過剰)
三次調整力①: 充足率 108%(供給過剰)
三次調整力②: 充足率 98.6%(ほぼ充足)
複合: 充足率 83.7%(東京・中部・九州で不足)
※ 充足率 = 落札量 ÷ 募集量 × 100。100%超は応札量が募集量を上回ったことを示す。EPRXの取引実績とりまとめ文書では「不足率」(= 調達不足量 ÷ 募集量 × 100)が使用されており、定義が異なる。
一次オンラインの充足率が40.8%、一次オフラインはわずか3.4%と、一次調整力の供給不足が突出して深刻である。蓄電池にとっては、参入すれば高い確率で約定できる市場環境が続いていることを意味する。
蓄電池の約定単価 — 火力の3〜6倍
蓄電池は応動速度が速い分、火力よりも高い単価で約定している。
| 電源種別 | 一次調整力 | 二次① | 二次② | 三次① |
|---|---|---|---|---|
| 蓄電池 | 9.6〜13.5円 | 7.4〜18.7円 | 8.1〜18.8円 | 7.9〜18.2円 |
| 火力 | 2.1〜3.4円 | 2.5〜3.5円 | 2.3〜3.5円 | 2.2〜3.5円 |
| 揚水 | 1.3〜2.7円 | 1.1〜2.5円 | 1.6〜3.4円 | 1.5〜3.3円 |
| VPP(DR等) | 19.2〜19.5円 | — | — | — |
(単位: 円/ΔkW・30分、2025年度上期の月別レンジ)
蓄電池の約定単価は火力の3〜6倍に達している。VPP(デマンドリスポンス等)は上限価格付近での応札が多く、最も高単価だが、落札量は限られている。蓄電池は「量」と「価格」の両面で、需給調整市場の主力リソースになりつつある。
2026年度の制度変更 — 前日取引化と上限価格引下げ
2026年3月13日の取引分から、需給調整市場は大きく2つの変更が実施された。
① 前日取引化・30分コマ化
従来は「週間商品」として1週間分をまとめて入札していた一次〜三次①が、前日14時に翌日分を入札する「前日取引」に移行した。取引単位も3時間ブロックから30分コマに細分化された。これに伴い、全商品の継続時間が30分に統一された(三次②は2025年度から先行して30分に変更済み)。
これにより、事業者は毎日、翌日の48コマそれぞれについて「JEPX(卸電力市場)で売るか、需給調整市場で待機するか」を判断する必要がある。JEPXのスポット市場に入札した売れ残り分だけが需給調整市場に応札できるルールのため、2つの市場の使い分けがより戦略的になった。
② 上限価格の引下げ
| 項目 | 2025年度まで | 2026年度〜 |
|---|---|---|
| 一次・二次①・複合商品の上限価格 | 19.51円/ΔkW・30分 | 15円/ΔkW・30分 |
| 二次②・三次①の上限価格 | 7.21円/ΔkW・30分 | 7.21円/ΔkW・30分(据え置き) |
| 募集量(一次・二次①) | 3σ相当 | 1σ相当 |
| 将来的な引下げ見通し | — | 10円 → 7.21円と段階的に検討 |
σ(シグマ)は統計学の標準偏差を表す。送配電事業者は需要予測誤差の統計的なばらつきを基準に、確保すべき調整力の量を決めている。3σは予測誤差の99.7%をカバーする水準(=ほぼ最悪のケースまで備える量)であり、1σは68%をカバーする水準(=平常時の変動に対応する量)である。一次調整力と二次調整力①の募集量が3σから1σに変更されたことは、市場で調達するこれらの調整力の総量が大幅に削減されたことを意味する。なお、二次②・三次①は従前から1σで調達されていた。
上限価格は当初案の7.21円から15円に緩和されたものの、従来の19.51円からは約23%の引下げとなった。さらに、市場における競争状況に改善が見られない場合は10円、7.21円と段階的に引き下げる方針が示されている。
上限価格の引下げは収益の天井を下げることを意味する。一方で、一次調整力の充足率はオンラインで40.8%、オフラインで3.4%と極めて低く、即座に競争激化に転じるわけではない。2026年度の応札動向を見極めたうえで、さらなる引下げの可否が判断される。
48コマと応札率 — 蓄電池の収益を左右する運用戦略
JEPXは1日を30分刻みの48コマで取引する。需給調整市場も2026年度から30分コマに移行した。蓄電池にとって「48コマのうち何コマを市場に出せるか」が収益を直接左右する。
蓄電池は充電中に市場に応札できない。通常の運用では、安値の時間帯(深夜・昼間の太陽光余剰時間)に充電し、高値の時間帯に放電する。このため、48コマすべてに入札することはできず、充電に使うコマ分だけ収益機会が減る。
この制約に対する技術的な解は、アグリゲーターが提供する高度な運用アルゴリズムにある。充電タイミングを最適化し、需給調整市場とJEPXの両方に最大限のコマ数を配分する運用が可能になりつつある。アグリゲーターの選択が、同じ蓄電池設備でも年間収益に大きな差を生む要因になっている。
蓄電池事業者が押さえるべきポイント
② 接続方式:オンライン接続は専用線コストがかかるが、中長期的にはオフライン枠の縮小が進む方向。蓄電池の場合、設備容量10MW以上はオンライン接続が必須であり(EPRX取引規程)、オフラインで一次調整力に参入できるのは10MW未満に限られる。二次調整力以降は全てオンライン接続が前提となる。なお、一次オフラインは蓄電池がシェア97.8%を独占し、全エリアで充足率10%未満が続いている。
③ 運用戦略:前日取引化により、JEPX vs 需給調整市場の配分判断が毎日必要に。アグリゲーターの運用能力が収益格差を生む。
④ 制度変更リスク:一次・二次①・複合の上限価格は15円に引下げ済み(二次②・三次①は7.21円で据え置き)。さらなる引下げの可能性はあるが、充足率が低い現状では即座に競争激化にはならない。