買い手から届くメールで、いちばん多い一文は「この案件、まだありますか」です。次に多いのが「御社は売主ですか、仲介ですか」。蓄電所の売買は、太陽光のセカンダリーと違って売り物の段階が4つに分かれ、誰が相手なのかも案件ごとに違います。この記事は、その4段と、順番と、止まりやすい場所を、案件を仕入れて売る側から書きます。

先に範囲を決めておきます。長期脱炭素電源オークション(LDA)で落札した案件は、本稿の対象外です。落札者が自分で建てて20年運転する前提の制度で、途中で売る商流がありません。ここで扱うのは、需給調整市場・容量市場・卸電力市場で稼ぐ、いわゆるフルマーチャントの高圧・特別高圧の蓄電所です。

売買の対象は4段ある ── 用地、権利、連系承諾、稼働

「蓄電所を買う」と言っても、買っているものは段階ごとに違います。用地だけ、接続検討の回答が出た権利、電力会社との契約まで済んだ権利、そして動いている設備。値段の桁も、確かめる書類も、買った後に残る仕事も、この4段で変わります。

売り物の中身買い手が最初に確かめる書類買った後に残る仕事
① 用地土地の所有権か賃借権。系統の空きが確かめられているかは案件次第登記、地目、都市計画上の区域、電柱までの距離接続検討の申込みから全部
② 接続検討の回答つき権利電力会社が「この場所に、この規模でつなげる」と答えた回答書と、用地の権利回答書の日付と工事費負担金の額、工期の起算、用地の契約契約申込み、負担金の支払い、機器の手配、工事
③ 連系承諾済み・負担金支払済み電力会社との契約が済み、連系の時期が見えている権利。建っていることも建っていないこともある負担金の領収証、連系承諾の書面、機器の仕様とJC-STARの登録番号工事の完成、アグリゲーターとの契約、市場への参加手続き
④ 稼働済み通電して市場に参加している設備。売上の実績がある約定の実績、アグリゲーター契約、保守の記録、機器の劣化運用を引き継ぐこと。市場参加の資格は自動では移らない

買い手の言葉で言い直すと、①は「これから開発する人」、②は「自分で建てる人」、③は「完成渡しを待つ人」、④は「満室のアパートを買う人」の売り物です。同じ2MWでも、④は②より高く扱われます。売上が見えているぶん、リスクの引受け料が違うからです。段ごとの値段の階段は 買い方は4つある(COLUMN 39) に書いたので、ここでは繰り返しません。

売り手は誰で、なぜ手放すのか

売り手は3種類です。ひとつは開発者やEPCで、権利を取ってから建てるまでの資金を回したい。次に、権利は取ったが建てられなくなった事業者。負担金の額が想定を超えた、融資が付かなかった、別の案件に資金を寄せたい、という理由で②の段で手放します。最後に、動いている設備を出口として売る保有者。これは④です。

売り手が求めるものは、ほとんどの場合「確実に買う相手」と「早い現金化」です。資料請求だけの買い手に何度も付き合った売主は、次から窓口を絞ります。当社が売主様に「粗いリストで構いません。ただし直接お会いできる方だけお預かりします」と言うのは、この消耗を止めるためです。

買い手は誰で、何を見て値を付けるのか

買い手も3種類に分かれます。自分で建てて運転するEPCや電力系の事業者。決算期に合わせて1棟を自社で持つ事業会社。そして複数の設備をまとめて持つ投資家です。見る順番はだいたい決まっています。

  1. 接続検討回答書の日付と、工期の起算。回答から1年近く経った案件は、その回答がまだ有効かを電力会社に確かめる必要があります。連系の見込みが「23か月後」と書いてあれば、23か月をどこから数えるかを聞きます。
  2. 工事費負担金の額と、支払いの状態。本回答で確定しているか、まだ接続検討の概算か。払い込み済みかどうかで、案件の段階がひとつ変わります。
  3. 管内と連系の時期。東京は足が速く、現金で買える相手に先に決まります。中部・関西には連系の早い案件が残っていることがあります。決算期の会社は、連系が決算月の前か後かで買えるかどうかが決まります。
  4. 用地の権利と、都市計画上の区域。市街化調整区域の蓄電所は、電気事業者でないと持てないことがあります。買った後に売れなくなる話でもあるので、ここで止まる買い手は多い。
  5. 機器と認証。蓄電池とPCSの型式、JC-STARの登録番号。補助金を使うなら対象機器かどうかがここで決まります。

値段は、この5つで動きます。工事費負担金が大きければ権利の値段は下がり、連系が早ければ上がり、管内で相場が違い、稼働していれば実績の分が乗る。当社は個別の金額をこのサイトには載せていません。案件ごとに、秘密保持契約のあとにお出ししています。

「仲介」と「仕入れて売る」は別のことだ

商談の冒頭で「御社は売主ですか、仲介ですか」と聞かれるのは、この2つで買い手の手続きが変わるからです。仲介なら、契約の相手は売主本人で、当社は間に立つだけです。仕入れて売る場合は、当社が先に権利を買い取っているので、契約の相手は当社です。

当社はどちらもやります。ただし名義を挟むことはしません。仲介のときは売主と買主が直接契約し、当社は成約したときだけ報酬を受け取ります。料率と、売主と買主のどちらが負担するかは案件の建て付けごとに決まるので、初回のご案内で金額を明示します。当社が売主のときは、その旨を最初にお伝えします。

もうひとつ、間に仲介が重なった案件はお預かりしません。伝言が一段増えるごとに条件がずれ、最後に金額が違っていたことが実際にあります。売主様に直接お会いできることが、扱う条件です。

順番は決まっている ── ティーザーから名義変更まで

どこで秘密保持契約を結び、どこでお金が動くか。買い手が最も不安に思うのはここなので、当社の標準を表にします。期間は案件と電力会社で変わるため、日数は書きません。

段階動く書類ここで決まること
1ティーザー(匿名)所在県・規模・連系の見込み・進み具合。秘密保持契約は不要候補に入るかどうか。複数まとめて請求できる
2秘密保持契約NDA。資料を出す直前に結ぶ案件の名前と場所が開く
3DD資料の一括開示接続検討回答書、登記、負担金の証憑、システム構成、JC-STAR、契約書のひな形机上で買えるかどうか。稟議に添える材料が揃う
4買付意向書金額と条件を書いた文書。稟議が途中でも出せる先着の順位。ここで初めて他の買い手より前に立つ
5手付売買契約と同時か、その直前。本回答で条件が変わったときの扱いを契約書に書いてから入れる案件が止まる。売主は他の買い手との話を止める
6契約 → 名義変更の申請売買契約、電力会社への名義変更の申請書代金の大半をここで払うのが通例
7名義変更の完了 → 残金電力会社の承認残金。名義変更には時間がかかるので、申請と完了で支払いを分ける

買い手が急ぐなら、4の買付意向書を早く出すのが唯一の近道です。資料を全部読み終えるまで出さない会社は、条件のいい案件ほど間に合いません。売り手が急ぐなら、3の資料を最初から揃えておくこと。「バラ紙で持ってくる」案件は、買い手側の机上確認で毎回止まります。

事業譲渡、SPC持分譲渡、資産譲渡は何が違うか

買うものの法的な形は3つあります。設備と権利をそのまま買う資産譲渡。案件を持つ会社(SPC)の持分を買う持分譲渡。事業ごと引き受ける事業譲渡。税の扱い、建設業法の当たり方、契約の承継の仕方が、この3つで変わります。稼働済みの案件を買っても、市場に参加するための資格は自動では新しい持ち主に移らないことも、ここで確かめる項目です。詳しくは COLUMN 39 の後半にまとめています。

売買が止まる型は、だいたい決まっている

契約の直前で止まる型と、その避け方は 契約までの流れ(COLUMN 21) に、買う前に確かめる技術の項目は 買う前の技術チェック(COLUMN 37) に書いています。権利の段で買う場合の手続きは 権利譲渡の実務(COLUMN 08) をご覧ください。

参考にした一次資料と、関連する記事

この記事の監修
中島 晋也(サイエンスエックス株式会社 代表取締役・工学博士)

系統用蓄電池の案件を仕入れて売る実務に基づいて執筆・監修しています。本稿の誤りのご指摘は s@scix.co.jp まで。