上限価格が15円から10円になり、次は7.21円と聞くと、「その先はどこまで下がるのか」が気になります。「火力の3円まで」と言う人もいます。データで追うと、床は火力の値段ではなく、蓄電池自身が「他で稼げる額」で決まっています。しかもその額は一つの数字ではなく、時間帯で違います。
このページは価格だけを扱います。部屋の大きさ(募集量)は47-2、来る量は47-3に分けました。
1. 上限が下がる前に、市場が動いた
図1は、蓄電池の席である一次オフラインの実際の約定価格(落札量で加重した平均)です。4月から6月まで、上限15円に届く札がほぼ毎コマにあり、全国の平均も12円前後で動きませんでした。応札が足りず、上限で札を入れても約定したからです。
7月から様子が変わります。九州は上限が15円のまま、8月に4.9円まで下がりました。中部と関西も9円台へ。一方、東京と東北は11〜14円のままです。47-3で見たとおり、蓄電池の席は8月でもまだ半分空いています。それでも応札が増えた管区から順に、価格は上限ではなく応札で決まり始めました。席が全部埋まるのを待たずに、札の入れ方が変わったということです。
9月1日に上限が10円に下がると、全国の平均は6.8円。東京8.6円、東北9.4円は新しい上限のすぐ下で、九州3.4円、中国4.6円、関西5.1円は上限から離れています。制度が天井を下げたのと同時に、市場そのものが価格を付け始めています。
2. 床は「蓄電池が他で稼げる額」
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蓄電池は、需給調整市場に出ない時間はJEPX(卸電力市場)で稼げます。安い時間に充電して高い時間に放電する、いわゆる裁定です。需給調整市場でΔkWを売るなら、その時間の裁定を諦めることになる。だから蓄電池がΔkWに付ける最低の値段は、「その時間に裁定で稼げる額」になります。海外の経済学者はこれを機会費用と呼びます。
図2の左は、2026年度のJEPXの1日の形です。昼が安く、夕方が高い。4時間の蓄電池で安い8コマに充電し高い8コマに放電すると、その差が「他で稼げる額」になります。
右はそれをΔkWの単位に直したものです。夕方の8コマだけを見れば、管区によって6〜8円。東北と北海道は8円台で、次の上限7.21円より高い。一方、48コマに均すと1円台です。深夜は裁定の機会がないので、その時間の床はほぼゼロに近づきます。
つまり床は一本の線ではなく、1日の形をしています。夕方は高く、深夜は低い。
3. 応札が増えた管区は、もうその形になっている
図3は、2026年8月の一次オフラインの価格を時間帯で並べたものです。東京は全コマほぼ平坦で11〜12円。応札が増えた関西・中国・九州は、昼に高く夜に安い形になりました。関西は昼に11円台、深夜は6円前後。
昼に高いのは、蓄電池が充電で忙しい時間だからです。夜に安いのは、他にやることがないからです。応札が増えると価格は一律に崩れるのではなく、蓄電池の1日の都合の形になる。海外で起きたことが、日本の30分コマでも同じように起きています。
最低落札価格(その時間に約定したいちばん安い札)の中央値は、九州2.4〜3.0円、関西1.4〜2.5円、東京2.6〜3.5円。図2の「48コマに均した額」(1.0〜1.4円)と「夕方の額」(6〜8円)のちょうど間にあります。
4. 天井と床の階段
図4に、天井と床を一つの階段に並べました。
天井は制度で決まります。上限10円、次の段階7.21円。判定の指標と時期は47-2に書いたとおりです。
蓄電池の床は蓄電池自身で決まります。夕方なら6〜8円、1日に均せば1円台。九州の8月4.9円と、最低落札の中央値1.4〜3.5円は、その間に入っています。
市場の外にも床があります。送配電事業者が揚水発電を直接契約する随意契約は、2025年度の実績で1kW・1時間あたり0.47〜1.34円。30分に直すと0.2〜0.7円で、2026年度は5社が合計266万kWを押さえました。火力は2025年4月から起動費を事後精算できるようになったので、起動費をΔkWの値段に上乗せする必要がなくなり、札を下げやすくなりました。実際、一次オンラインの落札の7割は火力で、8月の全国平均は4.4円。ガバナフリーは動いている火力の余力を少し残すだけなので、ΔkWの札は安く出せます。「火力は10円以下では出せない」という説明を見かけますが、実績と合いません。
「火力の3円」という一本の床はありません。火力は起動費を外した値段まで下げられますし、蓄電池は夕方ならもっと上で止まります。
5. 海外はどう着地したか
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蓄電池が調整力市場を飽和させた市場は、海外に4つあります。共通しているのは、価格の床が「いちばん安い提供者の費用」ではなく「蓄電池自身の機会費用」で決まったことです。
英国では、周波数応答の収益が2022年の£150k/MW・年から2023年に約£50kへ落ちましたが、価格は提供コスト(£0.5〜1.5/MW/h)まで落ちずに、機会費用の約£5/MW/hで止まりました(Modo Energyの推計)。米国CAISOでは蓄電池の収益が2022年の$103/kW・年から2024年に$53へ減り、その82%はエネルギー(裁定)からになりました(CAISO市場監視部門)。ERCOTでは補助サービスの収益シェアが84%から48%へ(Enverusの推計)。いずれも、蓄電池は使われ続け、収益の主軸が裁定と容量へ移りました。各国の系統運用者は新しい商品(英国のQuick ReserveやBalancing Reserve、ERCOTのECRS)を追加しています。
日本にいちばん近いのはドイツです。蓄電池は火力より安く、自分の機会費用より高い水準で約定していて、まだ飽和の手前——アナリストのModo Energyがそう書いている状態は、上限近くで約定しながら床を探り始めた日本の今と重なります。
6. 日本が海外と違うところ
三つあります。
天井が先に効く。 海外は上限なしで自由落下しましたが、日本は制度が天井を段階的に下げています。天井と床の間が狭いぶん、価格の動きは穏やかです。
30分コマ。 英国やドイツは4時間のブロック、日本は30分。時間帯ごとの床に、市場が速く追いつきます。図3の形が、飽和から1〜2か月で現れた理由です。
市場の外の床がある。 揚水随契と余力活用契約は海外にない仕組みで、市場が高いほど調達が外へ出ます。逆に応札が厚くなれば、北海道のように市場調達へ戻る管区も出ます。
もう一つ、少し先の話として同時市場があります。2030年代前半に、kWhとΔkWを同時に約定する仕組みへ移る方向で検討されています。そこでは上限価格と募集量という概念そのものが、逸失利益に基づく最適化約定に置き換わります。蓄電池の「他で稼げる額」が、そのまま市場の値付けになる世界です。
7. 持っている人にできること
価格が一本の線ではなく1日の形をしているなら、出し方も一本の線である必要はありません。
- コマで値段を変える。 夕方はJEPXで稼げる額より安く売らず、深夜は薄くても出す。30分コマは、そのために作られた単位です。
- 席を移る。 一次オフライン枠が埋まってきた管区では、オンラインの席(一次オンライン1,500MW・複合3,700MW)があります。そこは火力・揚水との入れ替え戦なので、JEPXで稼げる額を下回らない範囲で札を下げるのが順番です(47-3)。
- 固定収入と組み合わせる。 容量市場、長期脱炭素電源オークション、トーリング契約は、ΔkW価格の上下と別の収入です。
まとめ
- 上限が下がる前に、応札が増えた管区では応札が価格を決め始めた。九州は上限15円のまま8月に4.9円。
- 床は「蓄電池が他で稼げる額」。夕方は6〜8円、1日に均すと1円台。一本の線ではなく1日の形。
- 「火力の3円」は床ではない。火力はゼロ近くまで行け、蓄電池は夕方ならもっと上で止まる。
- 海外4市場では、蓄電池は使われ続け、収益の主軸が裁定と容量へ移った。日本は天井があるぶん動きが穏やか。
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参考表
参考表1 一次オフラインの約定価格(落札量で加重した平均、円/ΔkW・30分、2026年)
| 管区 | 4月 | 6月 | 8月 | 9月(1〜7日) |
|---|---|---|---|---|
| 北海道 | 3.9 | 5.3 | 4.0 | 1.5 |
| 東北 | 13.5 | 13.3 | 13.6 | 9.4 |
| 東京 | 11.5 | 12.1 | 11.5 | 8.6 |
| 中部 | 14.6 | 13.3 | 9.0 | 6.3 |
| 北陸 | 14.5 | 12.7 | 8.8 | 5.4 |
| 関西 | 13.3 | 12.5 | 9.3 | 5.1 |
| 中国 | 12.2 | 10.1 | 6.6 | 4.6 |
| 四国 | 3.7 | 3.2 | 4.0 | 4.0 |
| 九州 | 12.1 | 7.5 | 4.9 | 3.4 |
| 全国 | 12.3 | 11.7 | 9.6 | 6.8 |
出典:EPRX 取引実績(速報値)から当社計算。上限価格は8月まで15円、9月1日から10円。COLUMN 41の8月値(全国9.80円、受渡8/17まで)とは集計窓が異なる
参考表2 JEPX裁定をΔkWに直した額(4時間電池、上位8コマ・下位8コマ、効率0.85、2026年度4〜9月)
| 管区 | 夕方の8コマ(円/ΔkW・30分) | 48コマ平均 |
|---|---|---|
| 東北 | 8.5 | 1.4 |
| 北海道 | 8.2 | 1.4 |
| 九州 | 6.9 | 1.2 |
| 四国 | 6.8 | 1.1 |
| 東京 | 6.6 | 1.1 |
| 中部 | 6.6 | 1.1 |
| 中国 | 6.4 | 1.1 |
| 北陸 | 5.9 | 1.0 |
| 関西 | 5.9 | 1.0 |
出典:JEPX スポット市場 エリアプライスから当社計算。託送料金・劣化費用・手数料は含まない。充電側の託送従量(特別高圧・税抜、放電側は各社約款の特別措置で電力量料金が免除)を引くと、夕方の8コマは5.5〜8.0円、48コマ平均は0.9〜1.3円に下がる
注:図1・図3・参考表1の9月は9月1〜7日の速報値。図2左のJEPXの形はシステムプライスの2026年度4〜9月平均。図4の揚水随契の単価は2025年度実績を30分あたりに換算した値。海外の数字は各市場の運用者・監視機関の公表資料とModo Energyの分析による(詳細は出典)。
出典
- EPRX 取引実績(エリア別約定データ) https://www.eprx.or.jp/information/results.php
- EPRX 需給調整市場のΔkW上限価格について https://www.eprx.or.jp/information/post.php
- EPRX「起動費等および経済差替時の扱いに関する事後精算について」(2025年4月1日運用開始、2026年7月31日修正版) https://www.eprx.or.jp/outline/docs/kidouhi_sashikae_20260731.pdf
- JEPX スポット市場 取引結果(エリアプライス) https://www.jepx.jp/electricpower/market-data/spot/
- 資源エネルギー庁 制度検討作業部会 第110回 資料4(2026年1月23日、上限価格の段階と判定) https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/jisedai_kiban/system_review/pdf/110_04_00.pdf
- 電力・ガス取引監視等委員会 制度設計・監視専門会合 第19回(2026年3月30日)資料5-1〜5-5、第20回(5月29日)資料5(揚水随意契約の実績単価) https://www.egc.meti.go.jp/activity/emsc_systemsurveillance/
- 送配電網協議会「余力活用に関する契約の概要と申込」 https://www.tdgc.jp/yoryoku/outline/
- 同時市場の在り方等に関する検討会 第二次中間取りまとめ(2025年10月15日) https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/doji_shijo_kento/pdf/20251015_1.pdf
- CAISO Department of Market Monitoring「2024 Special Report on Battery Storage」(2025年5月29日)
- AEMO「Quarterly Energy Dynamics」Q3 2024、Q4 2024、Q1 2026
- NESO「Balancing Cost Winter Report 2023/24」、NESO Data Portal(Dynamic Containment/Moderation/Regulation)
- regelleistung.net(ドイツ FCR・aFRR 調達結果)
- Modo Energy「Germany: Europe's biggest merchant market」「German aFRR market data explained」ほか(二次資料)
- Enverus Intelligence Research(ERCOT 蓄電池収益、二次資料)
- Ascend Analytics(補助サービスの機会費用に関する解説、Energy-Storage.news掲載、二次資料)