蓄電所の収入の柱は、需給調整市場です。電気の「出し手」と「使い手」のズレを瞬時に埋めるために、送配電事業者が「いつでも出せる力」を前日に買う市場で、2MW/8MWh級の蓄電所はこの市場の一次オフラインという枠に札を入れます。その札には、2026年9月1日から上限10円(1kW・30分あたり)という天井があります。これは全員に同じ高さの、市場の天井です。
この連載は、その下にあるもう一枚の天井の話です。国の「需給調整市場ガイドライン」(2026年3月13日改定)は、札の値段を「逸失利益+一定額+手数料」の中に収めるのが望ましい、と書いています。義務ではありません。ただ同じ改定で、不合理に高い札で不当にもうける行為は、業務改善命令の対象になり得ると書き足されました。
当社はこの式に、公表されている数字だけを入れて、2MW/8MWhの蓄電所で数えました。「一定額」は、東京で置くと運開1年目1.4円、2年目0.96円、18年目0.33円です。上限の10円とは桁が違います。そしてこの天井は、火力などほかの電源には当たらず、蓄電池にだけ当たります。
ΔkW(デルタキロワット)──「いつでも出せるように空けておく力」の量。この市場では、実際に電気を出した分とは別に、空けておく約束そのものにお金が払われます。単位は「円/ΔkW・30分」。
一次オフライン──専用線を引かなくても参加できる枠。高圧の1MW以上10MW未満の蓄電所が対象で、2MW/8MWhはここに出します。
一定額──ガイドラインが「固定費を取り戻すために、ここまでは上乗せしてよい」と認める額。この連載の主役です。
逸失利益──需給調整市場に力を空けておくことで、卸電力市場(JEPX)で稼ぎそこねる分。
想定応札量──1年間に札を入れられる量。蓄電池は1日48コマのほとんどに札を入れられるので、この量が大きくなります。
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一定額は、こう決まる
一定額の決め方は、引き算と割り算だけです。1年分の固定費(減価償却費、修繕費など)から、ほかの市場で得られる収入(容量市場の収入など)を引き、残りを1年間に札を入れられる量で割ります。出てきた額が、1コマあたりに上乗せしてよい「一定額」です。
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ここで大事なのは2点です。一つ、容量市場に出ていなくても、出ていれば得られたはずの収入が引かれること(例外は「運開が新しくて応札できなかった年」と「応札したが落ちた」場合だけ)。二つ、割る量が「実際に落札した量」ではなく「札を入れられる量」であること。蓄電池は1日のほとんどのコマに札を入れられるので、割る量が大きく、一定額は小さく出ます。
なぜ、蓄電池にだけ当たるのか
火力などの電源は、固定費が大きく、点検などで止まる期間があって札を入れられる量が少ない。だから一定額は大きく、天井は市場の価格よりずっと上にありました。実際、2024・2025年度に委員会の事務局と一定額を協議した34件のうち28件は蓄電池・蓄電池VPP以外の電源で、協議額は「実質的に約定困難な高価格水準」と委員会が評価しています(50-5 監視編)。高すぎて、当たらなかったのです。
蓄電池は逆です。固定費が小さく、ほぼ毎コマ札を入れられる。公表値で置いた一定額は1円前後です。一方、2026年9月の一次オフラインの実際の価格は、中部・北陸・関西・中国・四国・九州の6管区で2.74〜3.69円、東北9.51円・東京8.58円でした(50-4 市場編)。市場の価格と一定額の差は、逸失利益で説明できなければなりません。天井の近くで札を入れているのは、蓄電池です。
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当社の見方 ── 天井は、自分で立てるもの
ここからは当社の見方です。先に結論を書くと、この天井は投資をやめる理由にはなりません。式の中身は自分で置くもので、置き方で高さは変わります。そして式そのものも、毎年見直されています。
条文は「望ましい」で、義務ではありません。一方、実務では守るものとして扱われています。アグリゲーターがオーナーに「守らないと監視から確認が来る」「説明がつけば大丈夫」と言うのは、札を入れる彼らが見ている景色そのままで、報告徴収と翌年の確認で向き合うのも彼らです。オーナーが知っておくべきなのは、条文の「望ましい」と、実務の「守るもの」の間に差があること。その差を埋めるのが、自分の札を式で説明できるように整えておく作業です。
もう一つ、前提として知っておきたい違いがあります。「固定費を取り戻せる分までを上乗せの上限にする」という考え方は、長期脱炭素電源オークションにもあります。あちらは、国が20年間決まった額を払う約束と一組です。民間の蓄電所にはその約束がありません。同じ式でも、収入の保証の有無が違う。収支を組むときは、この違いを織り込んでおく必要があります。
そのうえで、やることは次の7つです。どれも条文の中でできることで、特別なことではありません。
- 固定費は、特定して全部積む。条文は「固定費を特定した上で算入する」です。アグリゲーターへの支払いを歩合だけにせず、固定の委託費・人件費・システム費用を明細で分けて契約します。公表値だけで置いた一定額に、年1,000万円の固定費を足すごとに約0.32円上がります(50-3 試算編)。オーナーは内訳を渡し、アグリゲーターは明細で受ける。これが値付けの土台です。
- 逸失利益は、自分で数えて文書にしておく。蓄電池の逸失利益の式は条文にありません。合理的に説明できる数え方を自分で置き、記録に残します。JEPXでそのコマに稼げたはずの額をコマごとに積む(47-4 床編の数え方)。確認が来てから作るのではなく、札を入れる前に作っておきます。
- 容量市場には、必ず応札する。出ていなくても「出た前提」で引かれます。出して落ちれば引かれません。出して通れば収入になります。出さない選択がいちばん不利です。運開初年度は「時間的に応札できなかった」で引かれないので、初年度の天井がいちばん高い。
- 割る量は、実態どおりに置く。分母は「応札できる量」です。充放電の制約や点検で止まる期間は差し引けるので、SOC運用で実際に札を出せないコマを、運用記録で示せる形にしておきます。
- 「回収した」の数え方を、先に決めておく。その年の固定費を回収したら0.33円に落ちます。ΔkW収入を丸ごと数えると東京の2年目は37日で埋まり、一定額の部分だけ数えると年度末までB種です(50-3 試算編)。条文はどちらとも書いていません。自分の数え方を社内の算定書に書いておきます。
- 減価償却は会計で置き、即時償却は税務で使う。条文の「当年度分の減価償却費」が会計か税務かは未確定です。会計は定額17年、税務は即時償却、と分けて管理し、その置き方を算定書に書いておきます(制度はCOLUMN 45)。
- 天井が効く管区と効かない管区を、分けて考える。天井が当たるのは、札がほぼ全部通る管区の夜の札です(9月は東北・東京)。競争で3円台に落ちた7管区では、天井より先に市場が値段を決めています。収支は、自分の管区の実勢と、式で説明できる高さの低いほうで置きます。
そして、式は毎年見直されています。委員会は毎年12月ごろに建議を出し、翌3月に改定する、を2022年から続けてきました。分母を「落札できそうな量」から「札を入れられる量」に直したのも、2026年の変更です。次の建議は2026年12月、改定は2027年3月。蓄電池の逸失利益をどう数えるかは、意見募集で出せる論点で、当社も意見を出すつもりです。上の7つは、その見直しが来るまでの間に、自分の手でできることです。
いま、この時期に
2026年度は、事業者が自分で一定額を計算する最初の年です。2025年度までは、大きな事業者は委員会の事務局と一定額を協議して決めていました(B種電源協議)。それが終わり、計算の根拠を自分で残す形になりました。2026年6月の専門会合では、4〜6月に高値で落札した事業者の計算に、事務局が見直しを求めています。そこに9月1日の上限10円が重なりました。
上限が下がった9月、一次オフラインの価格は管区で二つに割れました。東北9.51円・東京8.58円は上限のすぐ下に残り、ほかの7管区は1〜3円台です。上限の近くに残った札ほど、「式で説明できるか」が問われます。9月の確定値(確報値)は10月末までに出ます。
この連載の読み方
入口(このページ)は結論だけです。根拠は4本に分けました。順番は 50-2 → 50-5 ですが、気になる問いから読んでも通じます。
よく聞く説明と、資料の答え
- 「式は今回の改定で初めてできた」──固定費から他市場の収入を引いて割る式は、2021年の策定案にもありました。新しいのは、割る量が「札を入れられる量」になったことと、固定費に入れる費目・入れない費目が条文に書かれたことです。→ 50-2 条文編
- 「一定額は数円台」──公表値で置くと1年目でも1円台、2年目からは1円を切ります。人件費やアグリゲーター費用など公表単価の無い費目は入れていないので、そこは自分で足す欄です。→ 50-3 試算編
- 「アグリゲーターの成功報酬は固定費に入る」──条文は「固定費を特定した上で算入する」です。歩合をそのまま足すのではなく、明細から人件費やシステム費用などの固定費を取り出して入れます。→ 50-2 条文編
- 「いちばん下がるのは償却が終わる年」──いちばん大きい段差は、容量市場の見なし収入を引き始める年に来ます(試算では2年目)。容量市場に出ていなくても、出ていれば得られた額を引くからです。→ 50-3 試算編
決まっていないこと
条文を読み切っても決まらないことが残ります。蓄電池の逸失利益の数え方、「電源等」がアグリゲーターの入札単位か一つの蓄電所か、減価償却を会計と税務のどちらで置くか、「固定費を回収した」をどう判定するか、などです。本文では「未確定」と書き、確かめる先を並べました(50-2 条文編の最後)。即時償却を使う場合の扱いもその一つで、制度そのものはCOLUMN 45にあります。
この試算の置き方
一定額の数字は、高圧の2MW/8MWhを、アグリゲーター経由で一次オフラインに出す蓄電所で置きました。入れたのは、建設費(減価償却)・修繕費・発電側課金・固定資産税と、容量市場の見なし収入だけです。どれも国・広域機関・送配電事業者が公表している単価で、自分で作った単価はありません。
人件費、O&Mの委託費、保険料、土地賃料、アグリゲーター費用のうち固定費として特定できる分は、公表されている単価がないので空欄にしました。足せば一定額はその分だけ上がります。年1,000万円で約0.32円です。だからこの数字は、天井の高さそのものではなく、下側の目安として読んでください。
持っている人、買う人、売る人へ
- 持っている人。協議で額を決める仕組みは2025年度で終わり、2026年度からは自分で計算して根拠を残す形です。固定費の内訳、札を入れられる量の数え方、容量市場に応札できたかの記録。この三つを手元に置いておけば、説明を求められたときに困りません。
- 買う人。収支に置くΔkWの単価は、上限の10円ではなく、「自分の管区の実際の価格」と「式で説明できる高さ」の低いほうが安全です。9月の実際の価格は、管区で1円台から9円台まで開いています。
- 売る人。買い手がこの天井を入れて収支を組むと、ΔkWの単価は上限より低く置かれます。容量市場に応札した記録や、アグリゲーター費用の明細があると、天井の高さを根拠つきで示せます。
数字はすべてEPRX・電力・ガス取引監視等委員会・電力広域的運営推進機関などの公表資料から当社が数え、計算のスクリプトも公開しています。出典は各ページの末尾にあります。