一次オフラインの札には、2026年9月1日の実需給分から10.00円/ΔkW・30分という上限があります。ここまでは「市場の天井」で、全員に同じ高さです。
その下に、事業者ごとに高さの違う天井がもう一枚あります。需給調整市場ガイドライン(2026年3月13日改定)のⅢ.2です。この記事は条文だけを読みます。問いは一つ、「蓄電所の札の値段の上限は、条文ではどう決まっているか」。数字を入れた試算は50-3 試算編に分けました。
1. 式は一行
条文の式はこれだけです。
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この式を満たす札は「市場相場を変動させることを目的としていないとみなされ」、守っている限り業務改善命令の対象にならない、と書かれています(p.4)。冒頭のⅠは、これを「セーフハーバー」(安全な港)と呼んでいます(p.1)。
誰に向けた式かも書いてあります。市場で大きな力を持つ可能性が高いとされた事業者には、この価格で登録することが「望ましい」。それ以外の事業者にも「望ましい」(p.4〜5)。2025年3月版では前者に「要請する」でしたから、言い方は少し弱くなっています。
ただ、同じ改定で「問題となる行為」が書き足されました。Ⅳ.1は「調整力ΔkW市場における入札価格若しくは入札量…の不合理な設定により、不当に収益を得る行為」を、業務改善命令や勧告の対象となり得る行為として挙げています(p.9)。市場での力の大小で区切っていません。式は義務ではありませんが、式から外れた札は、外れた理由を説明できなければ危うい。実務上は天井として効く、と読むのが素直です。
2. 逸失利益 ── 蓄電池用の式は無い
式の第1項「逸失利益(機会費用)」は、需給調整市場のために力を空けておくことで、ほかで稼ぎそこねる分のことです。条文は「需給調整市場への応札に伴い発生するもの」と定義し(p.5)、二つの型を挙げています。一つは、本来なら動かさない発電機を追加で起動する場合の起動費など。もう一つは、卸電力市場に出すはずだった出力を下げる場合の、卸電力市場の価格と燃料費などの差額です。
卸電力市場の価格は「時間前市場価格の想定価格」で、それは「スポット市場価格を基に算定する」とされています(p.6)。蓄電池の燃料費に当たるもの(限界費用)は、充電にかかった電気代で、インバランス補給で充電した電気は使えない、とされています(p.3)。
二つの型は、どちらも発電機の話です。蓄電池が放電を控えて力を空けておくときの逸失利益を、どう数えるかを書いた式はありません。未確定確かめる先は電力・ガス取引監視等委員会事務局 ネットワーク事業監視課です。当社は、47-4 床編で数えた「蓄電池がJEPXで稼げる額」がこの項にいちばん近いと見ていますが、条文の言葉ではありません。
3. 一定額 ── A種0.33円とB種
「一定額」については、0.33円/ΔkW・30分(A種電源)又は「固定費回収のための合理的な額」の考え方に基づき算定した額(B種電源)とし、「等」は売買手数料とする。需給調整市場ガイドライン 2026年3月13日改定 p.6
A種は誰でも使える0.33円。B種は、固定費をまだ取り戻していない間だけ使える「計算した額」です。すぐ下に一文があります。「当年度分の固定費回収後の一定額は、A種電源とする」。その年の固定費を回収し終えたら、その時点から0.33円に落ちます。
B種の額は、三つの文で決まります(p.6)。条文は数式の形では書いておらず、文章で定義しています。
- 固定費回収の対象期間は「適切に期間按分された固定費の当年度分」。
- 固定費回収の上限額は「当年度分の減価償却費等を含む固定費から他市場で得られる収益を差し引いた額」。
- 一定額は「固定費回収の上限額を想定応札量で除した額」。
これを一つの式にまとめた「(当年度分の固定費-他市場から得られる収益)÷想定応札量」という形は、第21回制度設計・監視専門会合(2026年6月19日)の資料6 p.4の注にあります。この連載で「一定額の式」と書くときは、この三つの文のことです。
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4. 固定費に入れるもの、入れないもの
条文は「例えば、以下のような項目が含まれる」として、人件費、減価償却費、修繕費、委託費、発電側課金のkW課金分を挙げます(p.7)。「例えば」が付いているので、例示です。はっきり除くと書かれているのは法人税と容量拠出金の二つだけです。
- 人件費
- 減価償却費
- 修繕費
- 委託費
- 発電側課金のkW課金分
- 蓄電ロス分の託送基本料金(意見募集の回答で「計上可能」)
- アグリゲーター費用(人件費・システム費用等)は「固定費を特定した上で」
- 市場参加のためのシステム改修費は「年度単位の回収計画を立てた上で」
- FIP電源に併設した蓄電池は、蓄電池分の固定費だけ
- 法人税・容量拠出金(条文)
- 事業報酬(意見募集の回答)
- 支払利息・社債利息(協議で外すよう求めた例)
- 固定資産税・保険料・土地賃料は条文に記載なし(未確定)
アグリゲーター費用の書き方には経緯があります。協議では、アグリゲーターの成功報酬(メリットシェア)をそのまま固定費に足した例があり、事務局は明細を確かめて人件費やシステム費用だけを計上した、とされています(第15回制度設計・監視専門会合 資料7)。成功報酬を入れてはいけない、とは書かれていません。歩合のうち、固定費として特定できた分が入る、と読むのが素直です。手数料の仕組みはCOLUMN 17にあります。
5. ほかの市場の収入を引く ── 出ていなくても引かれる
他市場収益には「例えば、容量市場収入、卸電力市場収益及び相対収益等が含まれる」(p.7)。蓄電池に効くのは容量市場の扱いです。
容量市場収入がない場合は、容量市場収入が得られる前提で他市場収益として控除する。需給調整市場ガイドライン 2026年3月13日改定 p.7
引く額は「約定価格(電力広域的運営推進機関が公表するエリアプライス)×容量市場における期待容量」です。容量市場に出ていない蓄電所でも、出ていれば得られた額を引きます。引かなくてよいのは「新規に運開したため、時間的に容量市場に応札できなかった電源等」と「容量市場に応札したが約定しなかった電源等」の二つだけです。
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短い期間で運開できる蓄電池は、前者に当たるものが大半だったとされています(第15回 資料7)。引き始める年に一定額は大きく下がり、当社の試算ではそれが20年でいちばん大きい段差でした(50-3 試算編)。何年目まで「時間的に応札できなかった」と言えるかは、条文にありません。未確定
6. 札を入れられる量で割る
割る量は「定期検査や燃料制約等による停止期間や蓄電池の充放電制約等を考慮し、当年度に応札することが可能なΔkWを基に、応札事業者が…算定する」(p.7)。落札できそうな量ではなく、札を入れられる量です。この分母は、第15回制度設計・監視専門会合(2025年11月21日)で「想定約定量」から「想定応札量」に見直されました。落札を少なく見込んで一定額を大きくする道は、ここで閉じています。
蓄電池は1日48コマのほとんどに札を入れられます。分母が大きいので、一定額は小さくなります。定期検査などで止まる期間を分母から引く電源とは、ここが違います。
7. 何が新しいのか
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「固定費から他市場の収入を引いて割る」式そのものは、新しくありません。2021年1月29日に公正取引委員会と経済産業省が共同で意見募集した策定案(経済産業省作成)に、すでにありました。2025年3月版の条文には分子までしかなく、B種の額は「電力・ガス取引監視等委員会事務局との協議を経て決定した額」でした。新しいのは三つです。割る量が「札を入れられる量」になったこと、固定費に入れる・入れない費目の例示が条文に入ったこと、そして事務局との協議(B種電源協議)が無くなり、自分で計算して根拠を残す形になったことです。改定後の条文は2026年3月14日受渡分から適用されています(p.9)。
8. 条文の外で決まっていること
条文の余白は、専門会合の整理と、改定案への意見募集の回答(2026年3月13日公表。公正取引委員会・資源エネルギー庁の連名でe-Govに掲載)で一部埋まっています。蓄電池に効くものを拾います。
- 事業報酬は入らない。適正な利潤を上限額に含めたいという意見に対し、一定額には事業報酬を考慮しないと第90回制度設計専門会合(2023年10月31日)で整理済み、と答えています。
- 蓄電ロス分の託送基本料金は入る。計上は可能だが、計上できる固定費を網羅的に書くのは難しいので原案のまま、と答えています。
- 起動費はゼロで登録する。起動費が生じないリソースは「ゼロを入力してください」とされています。
- 一次調整力の蓄電ロスは、ΔkW価格に入れない。稼働に応じて生じるコストなので、予約の対価であるΔkW価格で考えるのは適当でない、と第10回制度設計・監視専門会合(2025年6月27日)で整理されています。
9. 2MW/8MWh・一次オフラインに当てると
一次オフラインは独立した商品ではなく、一次調整力の中の「監視のしかた」の区分です。高圧で1MW以上10MW未満の蓄電池は、専用線を引かずにオフラインで参入できます(EPRX「揚水発電設備または蓄電池設備を用いて需給調整市場に参入する場合の取扱いガイド」第3版 p.24)。オフライン監視の要件は、応動時間が30秒以内、継続時間は「設定なし」、最低入札量は1MWです(EPRX「需給調整市場の商品要件と取引スケジュール」第6版 p.2)。商品の全体像はCOLUMN 15にあります。
高圧の2MWはアグリゲーター経由で札を入れることが多く、ここで条文の言葉が一つ足りなくなります。式は「当該電源等」ごとですが、「電源等」がアグリゲーターの入札単位(リスト・パターン)を指すのか、一つひとつの蓄電所を指すのかは定義がありません。未確定束ねたときの固定費と札の量の割り振りも同じです。
事前の確認と四半期ごとの報告を受けるのは、市場で大きな力を持つ可能性が高いとされた事業者です(p.4〜5)。2MWの所有者本人がそこに入ることは考えにくいですが、委託先のアグリゲーターが入っていれば、その枠組みの中で札が入ります。対象の事業者は、監視等委員会の制度設計・監視専門会合の資料で示されています。
10. 条文に無いこと
条文を読み切っても決まらないことを、確かめる先と並べます。本文の「未確定」はすべてここに対応します。
- 蓄電池の逸失利益の数え方確かめる先:電力・ガス取引監視等委員会事務局 ネットワーク事業監視課
- 「電源等」は入札単位か、蓄電所か。束ねたときの割り振り同上
- 減価償却は会計か税務か。特別償却・即時償却の扱い同上。即時償却の制度はCOLUMN 45
- 「当年度分の固定費を回収した」の判定に、ΔkW収入のうち逸失利益分を数えるか同上
- 上限額がマイナスになる年の扱い同上
- 固定資産税・保険料・土地賃料を入れられるか同上(蓄電ロス分の託送基本料金は「計上可能」と回答済み)
- 運開何年目まで「時間的に容量市場に応札できなかった」と言えるか同上(判断)、電力広域的運営推進機関 容量市場担当(オークションの日程)
- 蓄電池の「容量市場における期待容量」の数え方電力広域的運営推進機関 容量市場担当
委員会や広域機関の資料で答えが公表された項目から、この記事を直していきます。
出典
- 経済産業省「需給調整市場ガイドライン」2026年3月13日改定 https://www.egc.meti.go.jp/info/guideline/pdf/20260313001a.pdf(頁はPDFの頁番号)
- 経済産業省「需給調整市場ガイドライン」2025年3月24日改定 https://www.egc.meti.go.jp/info/guideline/pdf/20250324001a.pdf
- 公正取引委員会「需給調整市場ガイドライン」策定案(2021年1月29日掲載) https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2021/jan/210129_denryokugl/210129besshi_jukyu.pdf
- 電力・ガス取引監視等委員会 第15回制度設計・監視専門会合 資料7(2025年11月21日) https://www.egc.meti.go.jp/activity/emsc_systemsurveillance/pdf/015_07_00.pdf
- 経済産業省・公正取引委員会「「適正な電力取引についての指針(改定案)」及び「需給調整市場ガイドライン(改定案)」に対する意見募集の結果について」(2026年3月13日) https://public-comment.e-gov.go.jp/pcm/download?seqNo=0000309544
- EPRX「需給調整市場のΔkW上限価格について」(2026年7月30日) https://www.eprx.or.jp/information/docs/14b85fbe8942da7d3bdddda80243e7e170f64d9e.pdf
- EPRX「需給調整市場の商品要件と取引スケジュール」第6版(2026年3月13日) https://www.eprx.or.jp/outline/docs/shouhin_ver.6_20260313.pdf
- EPRX「揚水発電設備または蓄電池設備を用いて需給調整市場に参入する場合の取扱いガイド」第3版(2026年3月14日) https://www.eprx.or.jp/outline/docs/yousuichikudenchi_guide_260314.pdf
- 電力・ガス取引監視等委員会 第21回制度設計・監視専門会合 資料6(2026年6月19日) https://www.egc.meti.go.jp/activity/emsc_systemsurveillance/pdf/021_06_00.pdf
- EPRX「2026年度需給調整市場の売買手数料単価の決定について」(2026年2月13日) https://www.eprx.or.jp/j_information/2026/02/13_0955.php